あなたはだんだん眠くなる

 あくびとははたして「すう」ものであるのか「はく」ものであるのかという疑問は、古来より多くの賢人たちを悩ませてきた。むろんいうまでもないことであるが、我々があくびをしたときに、空気の流れはいったん我々の体内に侵入したあと、放出される。すなわち、あくびをしたとき我々は空気を「すった」ということもできるし「はいた」ということもできる。しかし、それは冒頭の疑問に対する答えにはなっていない。我々が疑問としているのはあくまで「あくび」の動きであって、「空気」の動きではないのである。

 我々が大きく口をひらき「あくび」をしたとき、はたしてそれは我々の体に入ろうとしているのだろうか。それとも我々の体からでていこうとしているのだろうか。「あくび」をするときに大きく口を開けることからすれば、「あくび」が我々の体内に侵入または放出のいずれかの動きをしているかは明らかである。にもかかわらず、我々はその二者択一を特定できないでいるのだ。

 「あくびとは『すう』ものである」と主張する賢人の一人は言う。「我々は夜眠らなければならないが、なぜ眠らなければならないのかは解明されていない。つまり、我々の内側に『眠り』というものは内在していない。しかし、理由がないにも関わらず、眠気というものは訪れる。だとすれば、我々は眠る前に外から『眠り』を取り入れているに違いない。それこそが『あくび』ではないだろうか」

 確かに、我々は眠らなければならない理由などないにもかかわらず、毎日のように床につく。それは我々が「あくび」をからだに取り入れているからだとすれば、説明がつく。賢人はさらに言う。「眠気というのは、従来までは単に『眠くなる気分』のことだと思われてきたが、眠気とは一種のエーテル体であり、あくびとはそれを指すに他ならない。したがって、あくびとは『すう』ものである。そうでなければ、我々が眠る理由がないではないか」

 一方、「あくびとは『はく』ものである」と主張する賢人の一人は言う。「あくびとは声のようなものだ。たとえば、我々が足をおもいきり岩にぶつけたとき、思わずうめき声がもれる。親しい友人が亡くなったとき、思わず嗚咽がもれる。つまり、我々は内なる衝動を声に託して外に出す。あくびもその類型である」

 確かに、我々があくびを出すのは極端な眠気をもよおしたときである。その衝動こそが「あくび」であるというのも、理にかなっている。賢人はさらに言う。「我々が大きくあくびをしたときに、思わず声がもれるのは誰しも経験したことがあるだろう。これこそ我々が衝動を外に出していることの証拠に他ならない。我々は眠りの衝動を『あくび』というかたちで外に放出しているのである」

 この二者択一は、現代の科学をもってしても解決していない。賢人たちは疑問を解決すべく白昼から幾度となくあくびを繰り返し、はたして自分が今あくびを「すって」いるのか、それとも「はいて」いるのかということを考え、そのまま寝入ってしまうのであった。