買いざまを見ろ

 十一月も半ばをすぎて、冬物の服を買いにいってきた。相変わらず、洋服屋の店員はエネルギッシュでアグレッシブだ。店舗に入ったとたんに目をつけられる。こちらが目を合わせないようにしているにもかかわらず、すりよってきて「何をお探しでしょうか?」と尋ねてくる。そんなことは、私だって知らない。何を買うかしっかり決めて服を買いにくる人もいるのだろうけど、そんな人はそれほど多くはないはずだ。だいたい、私が「黄色の布にピンクの水玉が入っている、昇り竜の模様がはいった網タイツをください」といったら、それを出してこれるのか。出してこれないだろう。貴様は私が欲しいものを選ぶのをじっと見ていればいいのだ。

 「冬物をお探しですか?」
 当たり前だ。何を好きこのんで冬場に夏物を探さなければならないのだ。だいたい、店には冬物しか置いてないじゃないか。寂れた商店街の二十年前からいつでも同じ夏冬の服が吊るされているような洋服屋ならいざしらず、冬物しか置いていない店でそんなことを聞くんじゃない。肉屋が「肉をお探しですか?」と聞いてきたらおかしいと思うだろう。パン屋が「パンをお探しですか?」と聞いてきてもおかしいと思うだろう。カメラ屋で「『投稿写真』の今月号は置いてますか?」と尋ねた友人の北嶋の頭はおかしいと思うだろう。わかったら、口をつぐんでるんだ。

 「今年は少しゆとりのあるセーターなんかが、よく出てますよ」
 ああ、そうですか。それがどうしたっていうんだ。私にそれを着ろっていうのか。その、すきま風がよく入ってきそうなセーターを。その、そで口が妙に長いセーターを。それを着て私にどうしろっていうんだ。下着姿で、その大きめのセーターを着てベッドに寝そべれとでもいうのか。そして「恥ずかしい…」なんて頬を染めながら言えとでもいうのか。なんて破廉恥なやつだ。助平な野郎だ。お前はそんなことばかりを考えていて恥ずかしくないのか。

 「ブラウンのパンツなんかはお好きじゃないですか?」
 「ブラウンのパンツ」ってなんだよ。気取りやがって。「茶色いズボン」って言えないのか、お前は。それに、勝手に人の好みを当て推量するんじゃない。私のどこをどうみたら茶色のズボンが好きそうに見えるっていうんだ。たしかに茶色のコートを着て茶色のマフラーして茶色の靴を履いているけど、それはいつも着ている黒いコートがクリーニングから返ってこなくて、いつも巻いている紺のマフラーを電車に置き忘れて、いつも履いているグレーのスニーカーを裏口に取りに行くのが面倒だったからじゃないか。それぐらい、見てわからないのか。それでもプロか。それすらわからないで茶色いズボンを勧めるなんて百年早い。

 「このジャケットは襟のファーが簡単に取り外せるんですよ」
 「ファー」ってなんだよ。その気の抜けた音はなんだよ。男がそんなことを口にして恥ずかしくないのか。おととい栓を抜いたコーラでも、もうちょっと気合がはいってるぞ。男は「ファー」なんて口に出さないもんだ。ドレミソラシドだ。わかったか。それから、その「ファー」とやらをつけたりはずしたりするのはやめろ。楽しそうじゃないか。ホックがはずれる軽快な音を聞いていると、なんだか嬉しくなってくるじゃないか。やってみたくなんかないぞ。やってみたくなんかないんだからな。

 ……というようなことがあって、今日はゆったりセーターとブラウンのパンツとジャケット(ファー取り外し可能)を買いました。