世界名作劇場

 犬を題材にした物語は泣ける。「忠犬ハチ公」「フランダースの犬」「南極物語」「名犬ラッシー」などなど、他の動物の追随を許さないものがある。そんな中で、我々にもっとも感動を与えてくれるのが「パブロフの犬」だろう。

 だが、あいにくと我が国ではこの物語が広く知られているとはいいがたい。これほどまでに泣ける話を多くの人々が知らぬままでいるのは、非常に惜しいことである。そこで、その内容の全てを書くことはできないが、概要だけでも紹介できればと思い、この文章をしたためることにした。

 物語は、19世紀後半、ロシアのある寒村に始まる。

 村には青年パブロフと少女クドリャフカが住んでいた。ふたりの家はボルシチが冷めないくらいの距離にあって、幼いころから仲良く育っていた。年頃にもなると互いに恋心を抱くようになり、このまま共に暮らすように思われた。

 だが、青年パブロフは18歳のときに決意する。俺は、この村にこのまま埋もれてしまうのだろうか。こんな平凡な日々の繰り返しのうちに死んでしまうのだろうか。否、俺はモスクワに行く。モスクワに行って、一旗あげてみせる。オラさ、モスクワに行くだ。

 もちろん、クドリャフカはパブロフをひき止めようとする。だが、パブロフの決意は堅い。ひきとめようとするクドリャフカを、なんとか説得しようとする。ここが物語の前半の見せ場となるシーンだろうか。どうぞ、ハンカチの用意を。

「行ってしまうのね、パブロフ…。」
「すまない。だけど、きっと帰ってくる。それまで待っていてくれるかい。」
「ええ…。でもきっとあなたは私のことなんて忘れてしまうのでしょうね。」
「そんなことはない。いつも君のことだけを考えつづけるよ。」
 クドリャフスカはこらえきれずに、涙を流しはじめた。
「行かないで、パブロフ!」
「すまない、どうしても行かなきゃならないんだ。」
「パブロフのバカバカバカッ……!」
 そう言いながら、クドリャフカはパブロフの顔面を拳で殴り続けるのであった。

 パブロフはクドリャフカをふりきってモスクワにやってくる。モスクワでパブロフは働き、学び、ピロシキを食べた。途中で革命に巻き込まれたり、テトリスにはまったり、幾多の障害を乗り越え、やがて、パブロフは新進気鋭の生理学者として認められるようになる。

 やがて十年が過ぎ、成功を収めたパブロフは故郷へ帰ることを決意する。パブロフにとってはあっというまの十年であったが、はたしてクドリャフカは待っていてくれるのだろうか。そんな不安を抱えながら故郷の村へと帰り着いたパブロフが見たものは、病に倒れたクドリャフカだった。だが、パブロフの手厚い看病と医療の経験によって、クドリャフカは回復する。そして、その後の紆余曲折を経たのち、パブロフとクドリャフカは結婚することになるのである。この涙なしでは読めないラストシーンだけは、略すわけにはいかないだろう。はい、ハンカチの用意を。

 教会の鐘が鳴り響くなか、パブロフとクドリャフカは手を取り合って立っていた。ふたりとも、静かに微笑んでいる。周りでは村人たちが祝福の声をあげている。やがて、ふたりの永遠の幸せを約束する鐘が、ひときわ大きく響き渡った。
 リーン…、ゴーン…。
 そのとき、ふたりの上に黒い影がおおいかかった。
「うわあ、パブロフの犬だ!」
 村人のひとりがそう叫んだ。
 そう、パブロフがモスクワの実験施設で飼っていた犬が、巨大化してやってきたのだ。
「あいつは鐘の音を聞くと、餌をもらえると勘違いしてよだれをたらすんだ!」
 村人が説明的に叫ぶ。ただの村人がなぜそんなことを知っているのかといえば、こっちが聞きたいぐらいだ。
「うわあ、逃げろ」
 しかし、時すでに遅く、教会はよだれの海に。パブロフはよだれに飲み込まれながら、「これまでの話はなんだったんだ」と思ったのでした。

 泣けてくる。