ほのか

 洗濯物を干し忘れて、数日ほど洗濯機に放置していたら、なにやら変なニオイを発している。干せば消えるだろうと思って干してみたが、やはりニオイは残っている。仕方がないので洗いなおすことにしたが、洗う前にあらためてよく嗅いでみると、変なニオイには違いないのだが、どこか懐かしさを感じるニオイである。タオルなどで顔を覆ってスンスンと臭いを嗅いでいると、やけに安らいだ気持ちになる。さて、このニオイは何のニオイだったかと考えているうちに、はたと思い当たった。

「これは雑巾のニオイですか?」
(Is this a smell of the dustcloth?)
「はい、これは雑巾のニオイです」
(Yes, this is a smell of the dustcloth.)

 雑巾のニオイに郷愁を感じている自分に気付き、暗澹たる気持ちになった。すると、私の故郷はバケツか。

 街、家、人にはそれぞれ特有のニオイがある。友人の家にいくと友人の家のニオイがしていたし、嗅ぎなれたニオイで自分の街に帰ってきたことを実感したりもする。こればかりは真似することができない。たとえば友人とニセ友人がいたとして、外見や質感はそっくりだとしても、ニオイだけはどこか違う。本物のほうが、靴下がちょっとクサイとか、必ずそういう違いがあると思う。

 それだけに、ニオイは他人との相性を探る上で重要である。どこかニオイにしっくりこないものがあると、それだけで友情や愛情の障壁となる。嗅覚など、五感のなかで最もとらえどころのないものなのに、しっかり人間の原始的な部分と結びついているようだ。

 返して言えば、ニオイさえしっくりとくるのなら、他の部分は、たいした問題じゃない。たとえ見た目や声や味やさわり心地に難があろうとも、その人のニオイが自分にぴたりとはまれば、その人とは一生の友人か、あるいは一生の恋人かになれるかもしれない。さしずめ、私の一生の恋人は雑巾の香りがする人だろう。

 どうか、一生、出会いませんよう。