君の名は

 三浦しをんの『まほろ駅前多田便利軒』を読んだ。主人公は多田さんと行天さん。作中で行天さんがチンピラにナイフで刺されるシーンがある。駆けつけた多田さんはそれを見て叫ぶ。

「行天ー!」

 思わず笑ってしまった。「(びっくり)仰天ー!」と叫んでいるみたいだから。そんな場合じゃないだろう。友人が刺されているのに、ちょっと昭和のテイストを交えながら驚いている場合か。

 でも、考えてみればこのように名字が違った意味にとられるようなことは現実に起こりうることだ。たとえば、病で倒れた友人を見舞ったとき。

「井上、しっかりしろ! 病気になんて負けるな!」
「食道ガンって言われたよ…。ところで食道といえば…?(ガクッ)」
「胃の上ー!」

 せっかくのシリアスなシーンが台無しだ。
 あるいは、フラれた友人をなぐさめているとき。

「小池、女なんて星の数ほどいるんだしさ」
「畜生! 胸毛がキモいとかそんな理由でフラれるなんて、やってらんねえよ!」
「濃い毛ー!」

 友人の気持ちをここまで逆なでして何が楽しいのか。
 飲み屋で女の子と話をしているときも注意が必要だ。

「黒田さん、それ以上セクハラ発言したらキレますよ」
「ウヘヘ、そういうなよ。今、何色のブラジャーしてるの?」
「黒だー!」

 女の子は怒りのあまり興奮。黒田さんも興奮。

 考えてみるに、つくづく名字は大切だ。簡単に変えられないだけに、名字によっては無用な苦労を一生背負わなくてはいけなくなってしまう。もし名字を選べるのであれば、自分の名字が叫ばれることを考慮して、自分にもっともふさわしい名字を選ぶ必要がある。私だったら飯野とかがいい。

私「すいません、とんでもないことをしでかしてしまって…」
上司「いいのー!」