『母をたずねて三千里』における現実感

母をたずねて三千里
1976年1月4日~12月26日放映(全52話)

 イタリアからアルゼンチンまで単身で出稼ぎに行った母親を追って、10歳の少年マルコが何千キロに及ぶ旅をして、母親のもとにたどり着く物語である。


左『母をたずねて三千里』16話 船でアルゼンチンに向かうマルコ
右『母をたずねて三千里』49話 平原をゆくマルコ

 まあ、リアリティのある物語ではない。特に、マルコがアルゼンチンに着いてからは、マルコがピンチに陥るたびに、偶然知り合いや親切な人に助けてもらい、次の目的地へ進むというパターンが5回ほどある。昔ながらのおつかいRPGのようなものだ。

 とはいえ、そのことはこの作品の評価とあまり関係しない。この作品をみるのは初めてだが、タイトルを見た時から「最後は母親に会うんだろうな」ということはわかっていたし、どこかでマルコが助けてもらえず先に進めなくなったら、それこそ驚きである。

 そんな旅の過程より、印象に残っているシーンがふたつある。

 ひとつは、マルコが旅芸人のペッピーノ一座といっしょにバイアブランカまで行くときのこと。道中で、マルコ一行は大きな牧場の若旦那サルバドールと出会う。サルバドールは自分の牧場で祝い事があるのでそこで公演するようペッピーノを熱心に誘う。ペッピーノの長女コンチェッタは、身分違いと知りつつもサルバドールにほのかな恋心を抱く。しかし、いざ牧場についてみると、行われている宴会はサルバドールの結婚祝いだった。

 コンチェッタは、「夢を見てたのは父さんだけじゃなかったの」と小さくつぶやく。


『母をたずねて三千里』28話 コンチェッタ

 もうひとつは、コルドバの街での出来事。マルコはスラムに住む少年パブロと出会い、家に泊めてもらう。部屋にある棚にトウモロコシの芯が置いてあり、マルコはごみと思って囲炉裏に捨ててしまう。すると、部屋に入ってきたパブロの妹フワナがそれを拾い上げ、色あせた赤い布でくるみ、撫でながら話しかける。

 フワナはトウモロコシの芯をお人形として大事にしているのである。


『母をたずねて三千里』43話 フワナ

 どちらもほとんど本筋には関係のないシーンだが、とても印象に残った。

 もしかしたら、他の人は、私とは別のシーンがなぜだか分からないけど印象に残ったりしているんじゃないかと思う。そういう、ふとしたシーンの描写がこの作品を支えている。

 マルコの旅は、ありそうにもない旅だ。だが、コンチェッタやフワナはアルゼンチンのどこかにいそうな気がするのである。