『トム・ソーヤーの冒険』 トムはどんな大人になるのだろう

トム・ソーヤーの冒険
1980年1月6日~12月28日放映(全49話)

 1845年ごろのアメリカ、ミシシッピ川沿いの小さな町に住む10歳の少年トム・ソーヤーが遭遇する日々の出来事を描いた作品である。タイトルには「冒険」とあるが、冒険野郎マクガイバーのように世界を股にかけて毎週命がけのアクションをする話ではなく、子供心にワクワクするような出来事が描かれている。


『トム・ソーヤーの冒険』2話 トム・ソーヤー少年

 とはいえ、大人になってからでは熱中して見るのはつらい。幼いころに見ていたら「トムと友達になりたい」などと思ったのかもしれないが、大人になった今では、こんな糞ガキは勘弁してほしい、というのが本音である。

 というのも、トムはイタズラっ子というには可愛げがない。好奇心で行動するというより、目立ちたくて行動している感じである。しかも、イタズラは一人ではやらない。有名なエピソードに、トムが死んだと町の人に思わせておいて自分の葬式にひょっこりと帰ってくるというのがあるが、それも嫌がる友達を言いくるめて3人でやる。それ以外のイタズラについても、たいていは友人のハックことハックルベリー・フィンがつきあわされる。

 たとえば、37話でこっそり気球に乗り込むシーンはこんなふうだ。

トム「俺はお前がもっと勇気のあるやつだと思っていたよ」
ハック「そんなこといったって、俺たちだけで気球に乗ったらどこに飛ばされるかわかんないぞ」
トム「そんなに飛ばされやしないさ。あまり上に行かないように大きな石をつむのさ」
ハック「それじゃ上に上がらないんじゃないの」
トム「そのときはひとつひとつ石を落として調節するのさ」
ハック「でもさあ、もしミシシッピ川のほうに流されて途中でおっこっちゃったら?」
トム「それこそ一番安全だろ。なにしろ俺たちは泳ぎは達者だし」

 こんなふうに嫌がるハックを言いくるめてイタズラに付き合わせる。友達がいないと思われるのが嫌で一人で学食に入れない大学生みたいでかっこ悪い。一人でやれ。

 他にも、友達に平気でうそをついたり、正々堂々とした勝負なのに自分の負けを認めなかったり、これは、ある意味では等身大の少年を描いた作品なのかもしれない。なんとなく、トムは口のうまさを活かして、将来は小さなお店でも開いて子供時代と変わらない人間関係の中で「あのころのオレはよお」と昔の出来事ばかり振り返って一生を終えるのではないかという気がする。

 ――と、ずいぶんトムをくさしてきたが、そろそろ空しくなってきたところだ。そう、これは嫉妬なのだ。私には、トムのような生き方はできない。私には、会って間もない女の子に<婚約>を申し込むことなんてできない。しかも、ほかの女の子とも<婚約>したことがバレて激怒されても、うまく立ち回って仲直りするなんてことは、私にはどうやっても無理だ。

 だからといって、人は自分の人生を否定することはできないのである。だから、たとえ空しくても、私はトムは嫌いだといわせてもらう。私は、トムもトム・ソーヤー的なものも嫌いである。トム・ソーヤーの家とか名前がついている宿泊所は、朝から体操とかさせられそうだから嫌いだ。トム・ソーヤー風の料理とかは、手を洗ってなさそうだから嫌いだ。