『こんにちはアン』 小さなアンにかけられた呪い

こんにちはアン ~Before Green Gables
2009年4月5日~12月27日放映(全39話)

 『こんにちはアン』は『赤毛のアン』(以下、本伝と呼ぶ)の前日譚で、孤児のアンがトーマス家の家事手伝いをしている6歳のころから、カスバート家に引き取られる11歳までの出来事が描かれている。『こんにちはアン』は本伝の出版100周年を記念して書かれており、本伝とは作者が異なっている。


左『こんにちはアン』01話 アン・シャーリー6歳
右『こんにちはアン』19話 アン・シャーリー8歳

 2008年に出版された原作を、2009年にさっそくアニメ化したのが本作である。

 本伝を繰り返し読んだ者の目線では、このシーンは本伝のあのシーンにつながるんだなとか、これは本伝のあのシーンのオマージュだなと、いろいろ楽しめるつくりになっている。ところが、話数が進むにつれて、だんだん本伝の<呪い>のようなものを感じるようになってくる。

 つまり、『こんにちはアン』の最終話が、本伝の第1話につながるのだから、あらゆる点で整合している必要があり、アンの持ち物ひとつとっても矛盾があってはいけないのである。

 カスバート家へ向かうアンの服装は「きゅうくつな交織りの服」「色あせた水兵帽」「取っ手の壊れたかばん」でなくてはいけない。アンはそばかすだらけのやせっぽちでならなければならない。アンはアイスクリームを食べたことがあってはならない。なにより、本伝でカスバート家に引き取られてから幸福になるアンは、『こんにちはアン』では幸福になってはならないのである。

 見ていて一番きつかったのは、1話でアンがミントン夫人からもらい、ロキンバーと名付けた猫との別れである。26話でハモンド家に引き取られることになったアンは、ロキンバーを連れていきたがる。だが、ハモンドから連れていけないといわれてしまう。表向きは「妻は猫が苦手だから」ということだが、視聴者は知っている。アンがロキンバーと引き離されるのは、本伝でアンが猫なんて連れていなかったからなのだ。


『こんにちはアン』26話 アンとロキンバーの別れ

 アン・シャーリーがどれだけ明るくふるまっても、どれだけ希望を見失わないようにしても、彼女が本作で幸せになることはない。これを呪いといわずなんと言おう。

 また、呪いをかけられているのはアンだけではない。アンが幸せにならないということは、アンの養育者たちがアンを幸せにできないということでもある。

 最初の養育者トーマスは酒飲みでろくに仕事もせず、何度か立ち直ろうとするが、最後は汽車に轢かれて死亡する。次の養育者ハモンドは製材所を営むが、大きな仕事を請け負った直後に心不全で亡くなってしまう。

 この決して解けない呪いを見ていると、運命とはこういうものなのかと考えさせられる。つまり、すべての出来事はあらかじめ決まっており、人間の意志や努力などは無意味なのではないかと。

 しかし、さらに考えてみると、この呪いが解けるのは果たしていいことなのだろうか。呪いが解けて、アンがこの物語で幸せになることは、望ましいことなのだろうか。

 もちろんアンにとっては悪いことではないだろう。エリーザ、ミントン、エッグマン、ヘンダーソン先生など、本作において孤児のアンを引き取りたいと考える人はたくさんいたし、呪いがなければ引き取られていただろう。アンならグリーン・ゲイブルズに行かなくても、彼女らしい幸せをつかむことだろう。だが、本伝においてアンに幸せをもらうことになるマシュウやマリラをはじめとした多くの人々は、アンが存在しなければ本伝で書かれるような幸せを得られるとは思えないのである。

 してみると、アンには呪いなどかかっていなかったのかもしれない。アンにとっての試練であることは間違いないが、たまたまアンがそういう役回りだったというだけのことで、本来はアンにしか幸せにできない人に対する<祝福>だったのかもしれないとも思えてくるのである。

 こういうことを、ひとことでまとめてしまえば、次のようになる。

 『神は天にいまし、すべて世は事もなし。』