アイスエイジセオリー

 栗一粒秋三界を蔵しけり  寺田寅彦

 この句、もとは栗(くり)ではなく粟(あわ)であったらしい。いつのまにか(おそらくは誤植で)粟が栗になってしまったようだ。坪内稔典がこれを解説をしている文章がよかったので、書き留めておく。
 
『三界は仏教用語だが、私たちの全世界をさす。すなわちこの句は、一粒の栗のなかにこの世のすべてが詰まっている、という意味であろう。』
『では、この句、粟の句とすべきだろうか。私見では栗でよい。もし粟だったらこの句が有名になったかどうか。おそらくならないだろう。小さい物の代表みたいな粟粒にこの世の全てがあるというのは、理屈が通り過ぎて平凡だ。それに対して、栗の句とすると、理屈よりも栗の存在感そのものを生き生きと表現している。』

 たしかに粟だとしゃらくさい。栗には可愛げがある。あまりにクリアーな解説なので、好きでもなんでもない句が好きになった。

引用文の出典:「産経新聞」朝刊 2012年11月9日号記事を高橋輝次編著「増補版 誤植読本」から孫引き