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順列都市
グレッグ・イーガン
ハヤカワ文庫
1999年10月20日発行

<ポジティブ書評>

 感心するようなアイデアだ。コンピュータ上で思考する生命をつくりだすにはどうすればよいのか。この作品では、完璧な物理法則をシミュレートした世界と、人間の経験則をシミュレートした世界を用意する。しかも、そのふたつはストーリーが進むにつれてシンクロして、驚くべき相互作用を起こすのだが、全く想像の範囲を超えていた。それにしても、こんなふうにコンピュータの中でシミュレートされた人間を描く小説(「ループ」など)を読むと、読んでいる自分の存在もなんだか疑わしくなってしまうのは、私だけではないと思う。
 もちろん、他にも驚くべきアイデアが満載されていて、しかも分かりやすい。科学小説を読む楽しみが十全に味わえる本である。


<ネガティブ書評>

 アイデアはすごく面白いのに、そのアイデアを味わうべくストーリーがうまくかみあっていない。ちょっとしたロマンスがあったり、殺人者の苦悩がでてきたりすることを否定するつもりはないけれど、私は思いきり読み飛ばしていた。章立ても飲みこみにくいところがあるので、アイデアを楽しむ妨げになっている。
 心で楽しむ本ではなくて、頭で楽しむことができる本なのだから、わざとらしく「ストーリーづくり」をする必要はないだろう。書きようによっては、もっと驚きを深めることができたように思う。

…7点




命売ります
三島由紀夫
ちくま文庫
1998年02月24日発行

<ポジティブ書評>

 内容は、前後半で大きく分かれる。前半は明らかなB級小説。といっても、天然でB級小説を書いているような作家と違い、あえて軽薄な文体、内容を書こうとする作者の意図が感じられる。多少無理があるが。
 そして、後半で一気に内容が深まってゆく。主人公は命を所有する人間から命を従属する人間におとしめられてしまうが、その流れで人間心理をうまく描いている。やはり、前半との落差がうまく作用しているようだ。


<ネガティブ書評>

 いかにも「商業的作品」という感じがする。あまりにもわざとらしく、分かりやすく「大衆的」な文章、内容である。これが作者の矜持に起因するのか、単にそういう芸風なのかは知らない。ひょっとしたら、発表当時はこのような文章が一般的だったのかもしれない。
 吸血鬼が出て来たり、スパイ合戦が起こったりするのは、三島由紀夫という名前から想起する作品とはかけはなれていて、明らかに変だ。しかも、「さすが」と思わせるようなものではなく、無理が感じられる。例えるなら、正月番組に出演したお笑いの大御所に、大衆芸能の底辺を見せられたような気分だ。

…6点




帽子収集狂事件
ディクスン・カー
創元推理文庫
1960年09月23日発行

<ポジティブ書評>

 非常に硬めの「推理小説」で、読む人を選ぶ本である。きちんと、登場人物のタイムスケジュールや行動、言動をメモして、赤線をひきつつ真剣に読めば楽しむことができるだろう。要は、「推理小説」としての価値が高い、ということだ。一方で、それを怠って、漫然と読むような本ではない。偉そうなことをいっているが、私はそんなことをしていない。
 読むのにちょっとしたコツが必要ということで、この手の本に滅多にふれない私の手にあまる本である。


<ネガティブ書評>

 最後まで読んでも、どこがこの殺人劇の肝になっているのか分からなかった。これは、文体や内容も関係するが、なんといっても私の読書能力の不足が最も大きい。
 登場人物がそれぞれの思惑で行動するのは、リアルといえばリアルなのだが、読んでいて頭が整理されるどころか混乱していく一方である。最後の方で様々な要素が一本化されるのだが、少々強引なやり方なので、どうもすっきりしない。推理小説慣れしていない人間にとっては、非常に読み疲れる本である。
 ポジネガ、どちらに書いていることも大した違いがないのは、私がちゃんと読めていないからだろう。

…4点




奇跡の人
真保裕一
新潮文庫
2000年02月01日発行

<ポジティブ書評>

 ふところの深い小説である。交通事故から奇跡的に復活した人が、失った記憶をとりもどそうとする。粗筋だけなら、わりと派手かもしれないが、語られていることはいたって地味である。地味なだけに、ゆったりと内容にひたることができる。
 やがて、過去が明かされていくに連れ、ストーリーは次第に速度をあげていく。最後に取り戻した過去の記憶との葛藤。そして、記憶との闘い。この変化のつけかたがうまい。ラストシーンは評価が分かれるところだろうけど、主人公に思い入れがこもっていれば、まちがいなく感動できる。


<ネガティブ書評>

 残念なことに、主人公以外の扱いが非常にぞんざいである。はじめから脇役に生まれついた人はしょうがないかもしれないけど、主人公と過去の恋人を橋渡しする女性であるとか、その夫であるとかが、どう考えてもストーリーを進ませるためにだけの存在意義しかない。
 それはそれで、余計な枝葉を取り除いたといえるのかもしれないけど、主人公のまわりがやけにあっさり風味で内容が広がっていかないし、なによりもったいない。

…7点




仕事くれ
ダグラス・ケネディ
新潮文庫
1999年09月01日発行

<ポジティブ書評>

 基本的には「善の人間」と「悪の人間」しか存在しない世界での物語である。ストーリーも、つきつめれば善の人間がうまく立ち回って悪の人間の鼻をあかす、という単純なもの。主人公にアメリカンヒーローぽいところがあるので、今ひとつのめりこめないかもしれないが、現在失業中の人ならば身につまされて、もっと楽しく読めるだろう。
 あまり深く悩んだり、多くを求めようとしてはいけない。ただ、文字を読むだけで、このような「ハラハラドキドキ」の世界に身を投じることができる私は幸せ者である。


<ネガティブ書評>

 どこかで読んだような気分になる本である。「既視感」というのか、それともこういうときは「既読感」というのだろうか。
 ストーリーのキーワードを拾っていけば、離婚、弁護士、銀行、コンピュータ、逃亡、失業、立志伝、冤罪、などなど。もう、いいかげん飽きました、というキーワードをふんだんにちりばめてある。米国人が読めば、これはこれでそれなりに面白いのかも知れないが、「冤罪事件解決、家庭不和回避」というパターンのラストはもう勘弁して欲しい。
 ついでに、この本わりと高評価されていて、多くの人に「痛快!」と言わしめているのだけど、私は主人公に全然のめりこめなかったので、「やったぜ!」という感覚はない。

…5点




氷点
三浦綾子
朝日文庫
1978年05月20日発行

<ポジティブ書評>

 読者から見れば、登場人物たちの行動には理解しにくいところがある。しかし、では自分が渦中に放りこまれたらどう行動するだろうか、と考え込んでしまうような小説である。
 出生の秘密と、それにこだわるかこだわらざるか。小説内の出来事だけに、いささか冷めた視点で見てしまうのだけれど、こういう憎愛劇に自分が巻き込まれることを考えたら、それだけで暗い気持ちになる。そういう、想像力をかきたててくれる小説である。


<ネガティブ書評>

 ドラマティックである。良い意味ではなく、悪い意味で。
 非常に読みやすくて、あっというまに読み終えることができるのだけど、読み終えて「もっと!」と思わせるような本ではない。どちらかといえば、女性週刊誌を読むような、下世話な視点で読んでしまう。ことさらに事件性のあることばかり書いているので、どうしても全体に嘘の雰囲気がただよっていて、のめりこむのが難しい。しかし、醒めてしまえば面白くない本である。

…6点




図書館警察
スティーヴン・キング
文春文庫
1999年08月10日発行

<ポジティブ書評>

 全体としては、さして面白いわけではないが、局所的に異常に面白い部分があったりする。子供たちの目からあふれだす恐怖心を吸いとるハエ女とか、白血病に倒れた少年に野球選手のサインボールを届ける話とか、そういうところである。
 近頃は、スポーツジムみたいに小奇麗な図書館が増えてきて、それはそれで喜ばしいことではあるが、どうも寂しいような気もする。しかし、図書館は図書館。本からにじみ出る陰気は隠しようもなく、この小説はそんな図書館の持つ陰性を非常にうまく表現している。


<ネガティブ書評>

 「図書館警察の正体見たり枯れ尾花」である。タイトルを見て、どんなキャラクタが現われるのか期待していたのに。本の返却が遅れたら、本を汚したら、落書きしたら、いったい図書館警察がどんな行動を起こすのか、非常にわくわくしていただけに、「なあんだ」という気分である。そういう細かい設定があったら、もっとずっと楽しめたろうに。
 図書館警察の正体が明らかになってからは、少々期待外れ。なんだか、タイトルに裏切られた気分である。「図書館に縁がある怪物物語」とかにしておいてくれたら、期待なんてしなかったのに。

…5点




地上50m/mの迎撃
ジェイムズ・セイヤー
新潮文庫
1998年11月01日発行

<ポジティブ書評>

 エンターテイメントの王道を歩く小説である。エンターテイメントとは何か忘れてしまったときには是非読もうと思う。軟弱な中間小説など吹き飛んでしまう内容だ。
 なんといっても見せ場となるのは、ストーリー後半の人間同士の決闘サバイバルシーンである。男たちは、知力、体力、そして分厚い皮膚を駆使して、お互いを亡き者にしようとする。血わき肉おどるシチュエーションである。同様の内容の本もいくつかあるが、皮膚の厚さではこの小説が一番だろう。ストレス解消の一冊。


<ネガティブ書評>

 とりあえず、映画化されたらつまらないものになるだろうな、とそれぐらいは予想できる。映画化されたくない小説といえば、内容がすばらしすぎて世界観を壊されたくないか、くだらないハリウッド映画になるのが目に見えているか、どちらかである。この本は、もちろん後者だ。
 何か得るものを期待してこの本を読んでは行けない。細かい部分に心をわずらわせてはいけない。ただ、無心に読むべきである。頭をからっぽにして。

…4点




T.R.Y.
井上尚登
角川書店
1999年07月30日発行

<ポジティブ書評>

 実にクールだ。登場人物たちの底流には「プロのプライド」とでもいうべき意思が渾々と流れており、それが表面に現われてくるわけではないが、確実に感じられる。その絶えない流れが物語土台を形作っている。動的なストーリーでありながら、静的な印象を受ける作品である。
 冷たい闘志のあふれる、不気味に煮えたぎった小説だ。


<ネガティブ書評>

 どんでんを返し過ぎだ。二転三転、そんなに転ばれたって、こっちはもう感覚が麻痺してしまって全然驚かない。やっぱりどんでん返しは「ここぞ!」というときに決めてもらわないと。
 小説だから当たり前なんだけど、あんまり予想外のことを狙いすぎると、かえって「予定調和」なんていう言葉が頭に浮かんできたりして、盛り上がりに欠けるのだ。

…6点




キリンヤガ
マイク・レズニック
ハヤカワ文庫
1999年05月31日発行

<ポジティブ書評>

 決して魅力的な話ではない。主人公は頑固一徹瘋癲老人である。たいした起伏もなく、機械的に進んでいくストーリー。少なくとも、心を躍らせながら読む本ではない。しかし、そんなことがどうでもよくなるほど、清涼な小説なのである。
 本を読んでいると、読者の頭にさまざまな問題提起がなされる。自分だったらどうするだろうということが、ごく自然に頭に浮かんでくる。一方的な見かたをよしとせず、主人公の考えかたにも疑問の余地を残して、読者をおいてきぼりにしない。作者と本と読者の一体感が味わえる貴重な本である。


<ネガティブ書評>

 最後まで寓話的である。そして、寓話とはどこかしら教訓的なところが鼻につき、読んでいて楽しいものではない。この小説では、その教訓臭さが極めて薄まっているのだが、ラストシーンはさすがにちょっと気になる。どうにも、希望の持てないストーリー展開である。もちろん、この作者の技量ならば疑問符のまま物語を終えることもできただろう。それをしなかったのは、作者にとっては成功かもしれないが、読者にとってはどうだろう。
 それから、全然関係無いが、ハヤカワ文庫の「作者あとがき」は邪魔であり、どう考えても作品の興をそいでしまうので、できることなら消し去って欲しいと思う。

…7点





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