たとえば、二年ばかり付き合った彼女と別れることになったとき。浮気とかはっきりした心当たりがあるわけじゃなくて、そういわれてみれば、あいつのこと大事にしてなかったかもしれなくて。ふとさっき聞いたRADWINPSの歌が頭の中で再生されて。「今まで俺は何回お前を泣かせたんだろう/それに比べて何回笑わせてやれたんだろう」なんて。こうなる前に、二人でちょっとした出来事をいっしょに笑ったり泣いたりできたらよかったのかなと思う。それが、どんなにばかばかしいことであっても。二人が出会ってから111日目の記念日とか、はじめて二人でパロスペシャルを組むことに成功した記念日とか、そんなわけのわかんない記念日であっても、ちょっといつもよりいいお店に入って、君に出会えたことにむにゃむにゃとかそういう鳥肌が立つようなセリフは言ったりせずに、ただ、いつものようにとりとめのないことを話して。部屋で裸エプロンでくつろいでいたら宅配便が来てびっくりしたとか、王様ゲームで欲望のままに発する命令を妄想してたら広島まで乗り過ごしちゃったとか、そんなふうにいつもみたいなバカ話をして。それで、別れ際になって、聞きとれないような声で何かをつぶやいて、え、なに?って彼女が顔を寄せてきたときに不意打ちでキスとかしたりして。でも、今さらそんなことを考えてももう遅いわけで、彼女は「別れてほしいの」って言ったあとからは、ずっとうつむいたままだった。それで、なんか場をつながなきゃなんて思って冷蔵庫からビールを2本を取り出して、プシッと缶を開けたあとに彼女に手渡したら、彼女はうつむいたまま「いらない」っていうから、しかたなく自分の前に2本のビールを置いた。なんとなく「グリーンだヨ」とつぶやいた。そのまましばらく黙っていたら、つい「あのさ…」と声が出て、でも続きは何も出てこなくて、また、「……」という感じになった。ぐるんぐるんと頭はまわっているのだけれど、何も出てくることはなくて、頭の中にわたが詰まっているような感じだった。そのとき、彼女の携帯が鳴って、着信を確かめている彼女に向かって誰から?と聞いてみたら、彼女はちょっと目をそらしてはっきりとは答えず、ああ、ふうん、と妙に納得したような気持ちになった。それから「じゃあね」と彼女がつぶやいてするっとビールの缶を握ったままの僕の横を通り抜ける。僕はただ座って、ドアが閉まる音を聞いていることしかできない。それから1時間ぐらいぼんやりとしていて、それから急に悲しくなって、何年ぶりかわからないぐらい久しぶりに、静かに声を上げて僕は泣いた。
そんなときに机の引き出しがガラッて開いて、丸くて派手な色をしたロボットがいきなり「やあ、ぼくドラえもん」とか言い出したら、すげームカつくと思う。
災害時における備えといわれると、往々にして物質的な方向へと偏ってしまう。水や食料の備蓄であるとか、耐震対策であるとか、無論それらの必要性を否定するものではないが、いざというときに最も頼れるのは冷静に状況を判断できる能力、すなわち精神的な備えなのである。
たとえば、いま局地的大地震が起こったとする。仮に余裕のない人間であれば、やれ物が壊れた通帳はどこだと大騒ぎをし、コンビニに走って食料品や燃料の類を買いあさり、人間のあさましさを存分に披露することだろう。我々は、そのような状況でどのような行動をとるのがふさわしいのか、日ごろからシミュレートしておくことが必要なのである。
仮に地震が起こったとき、私のとるべき行動はただひとつだ。何より優先すべきなのは人命救助である。災害後、すぐ救助に移れば助けられる人はたくさんいる。
隣家から悲鳴が聞こえてくる。自分の保身にやっきになっている人間だったら聞き逃すところだが、私は違う。
隣家に駆け入った私の目に飛び込んできたのは、瓦礫にミニスカートを挟まれ身動きのとれなくなっているショートカットでちょっとつり目がちで勝気な感じだけど照れると真っ赤になるところがかわいい涼子だった。
涼子は私をみて一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに怒ったような顔つきでそっぽを向く。涼子には、昔からそういうところがある。少し声をかけづらくなって、黙って涼子の前に私は立っていた。
「もう…バカ! なに突っ立ってんのよ」
耳まで上気させながら、涼子は言った。私が涼子の手をつかむと、強く握り返してくる。私は涼子を瓦礫から引っ張りあげて、胸に抱きとめる。
「もう放さないでよね…」
涼子がかすかな声でつぶやいた。
――やがて、救急隊員が駆けつけてくる。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけられて、病院に連れて行かれるのは、災害現場で両腕を体に巻きつけ、ひとりで体をくねらせる私だ。
知人(仮にA氏とする)に頼まれてあまりよく知らない人(仮にB氏とする)に会ったりするときのことだ。用事をすませて帰り際になると、必ずといっていいほどいわれることばがある。
「Aさんによろしくお伝えください」
それを聞くと、私はいつも困惑する。その伝言をどのように扱うのが大人として正しいのか、いまだにわからないのだ。
この場合、伝えられたことをそのままA氏に伝えなおすというのがもっとも簡単な方法だろう。
「Bさんが、Aさんによろしくとおっしゃってましたよ」
だが、果たしてそれはわざわざ伝えなければならないようなことなのか? 「よろしくお伝え下さい」が単なる定型句にすぎないのはわかりきったことだ。もし、本当に「よろしく」と伝えたいのなら、わざわざ私を介さずに直接いうだろうに。
なにかもっと重要な伝言であれば、私もはりきってA氏に伝えることができる。
「Bさんが、Aさんのこと好きだっておっしゃってましたよ」
それだったら、私も喜んで恋のキューピッドになろうという気になる。なんだったら、お互いのアリバイづくりのための協力などをしてもいいし、ちょっと腕まくりしたりもする。だが、そうではないのだ。
そこで、第二の選択肢として「何も伝えない」が浮上してくる。たいていの場合はそれを選択することになるのだが、どうも私としては気持ち悪いのである。「お伝えください」といわれて、それが何の意味も無い定型句であることはわかっているけれど、それでも私がB氏に無断でその依頼を無視していいということにはならない。ひょっとして、何の意味もないというのは私の思い込みで、「よろしく」にはA氏とB氏のあいだで取り交わされた暗号が隠されている可能性だってある。
よ…夜になったら
ろ…ロリータファッションの娘が
し…尻のビンカンな部分を
く…くすぐっちゃうぞ
だとしたら、私が伝言を無視することで、AさんとBさんのひそやかな楽しみを奪うことになるのかもしれないし、それが原因でAさんとBさんが仲たがいするはめになるかもしれないし、できれば私も混ぜてほしい。
そういうわけで、私はこの些細な伝言を伝えるか伝えないか、ひどく葛藤することになるのだ。いった側は軽い気持ちなのかもしれないが、いわれた側の心には重くのしかかり、それがいじめや不登校につながるのだということを私たちは忘れてはいけない。
あるいは、私が未熟なだけで、ちゃんとした大人はこのような伝言をどのように扱えばいいのか心得ているのかもしれない。ときおり、駅のトイレや人通りの少ない路地の壁で見かける「夜露死苦」の文字。ひょっとして、あれに何かヒントが隠されているのでは…?