『七つの海のティコ』は90年代らしいアニメである

七つの海のティコ
1994年1月16日~12月18日放映(全39話)

 主人公は11歳の少女ナナミ。4歳で母を亡くして以来、金色に発光するクジラ(ヒカリクジラ)を探すというオカルトじみた研究にのめり込む父に連れられ、学校にも通わせてもらえずに、海洋調査船ペペロンチーノ号で世界中を旅する毎日である。なお、ペペロンチーノ号の船名の由来は作中では明かされていないが、父親が「ナナミ(七味)とペペロンチーノ(唐辛子)を合わせて七味唐辛子…なんちゃって」とダジャレで決めていたりしたら、そんな船には乗っているだけで苦痛だろう。

 ナナミと父以外のペペロンチーノ号のクルーは、太った中年イタリア人だけだ。思春期の女の子が父と中年男の3人で狭い船で生活するのはストレスが溜まりそうだが、ナナミはいい子なのでまったくそんなそぶりを見せない。もちろん、ナナミに人間の友達はいない。シャチにティコという名前を付けて、よく海で遊んでいる。


『七つの海のティコ』3話 洗濯物も一緒に干す

 物語が進むと、ペペロンチーノ号に3人のクルーが乗り込んでくる。まず、財閥令嬢のシェリルとその執事。もう一人は内気でコンピュータが得意な10歳の少年トーマス。序盤は頼りにならないが、作中で著しく成長し、終盤ではナナミの良き相棒となる。ナナミとトーマスのちびっこコンビが駆け回る様子は、ニコニコしながら見てしまう。


『七つの海のティコ』37話 トーマスとナナミ

 そんなペペロンチーノ号の仲間たちだが、ヒカリクジラをめぐって巨大企業GMCと対立することになる。いろいろあって、GMCがヒカリクジラ研究のため南極に建てた基地は破壊され、悪の親玉の乗るヘリコプターは崖に衝突し炎上する。それにしても、動物については必死で守ろうとするナナミが、南極海に落ちたGMCの研究員や警備員については眉一つ動かさず無視するのは、ヒカリクジラ至上主義者とでもいうべき父の長年の教育の成果だろうか。

 なお、ようやく邂逅を果たしたヒカリクジラだが、実在する存在かと思いきや、オーバーマインドとか統合情報思念体とかいう名前でSFに出てきそうなオカルトっぽい存在というオチで話は終わる。

 世界名作劇場のなかでは最も新しい年代を舞台にした作品なのだが、しょうもないオカルトじみたエコ思想に古臭さを感じる作品である。

『あらいぐまラスカル』 飼ってはいけない

あらいぐまラスカル
1977年1月2日~12月25日放映(全52話)

 アライグマは、2005年に外来生物法で人や農作物に被害を及ぼす動物に指定され、もちろん飼育は禁じられている。アニメは1977年の放映で、現在の日本の感覚とは違うのだと理屈ではわかるのだが、やはり今となってはアライグマをペットとして飼うこと自体に違和感がある作品である。


『あらいぐまラスカル』15話 ラスカルとスターリング

 主人公のスターリングは動物好きで、アライグマののほかにセントバーナード犬のハウザーとカラスのポー、スカンク4匹を世話している。

 カラスはスターリングがエサを与えるので人に慣れてしまい、スターリング家の隣の教会に巣をつくってミサの妨害をしたり(1話)、近所の花畑の種をほじり返したりする(16話)。苦情を受けたスターリングはカラスに向かって説教したあと、こうつぶやく。

「あいつ本当にわかったのかな。そうだよな、わかっちゃいないんだよな。もういいや、ハウザー、さあ、釣りに出かけよう」

 この無責任さは何とかならなかったのだろうか。

 また、スカンクは、スターリングと仲が悪い少年スラリーに犬をけしかけられ、教会で結婚式の最中に悪臭を放ち、結婚式をめちゃくちゃにしてしまう(6話)。その場から逃げ出したスターリングは川辺でこうつぶやく。

「僕が悪いわけでもないのに。ただスカンクを飼っていただけなのに…」

 確かに犬をけしかけたスラリーの責任は重い。でも、何かの拍子にスカンクが悪臭を放つのは十分に考えられることなのだから、まったく無責任でいられるわけではない。

 そもそも、作品のタイトルとなっているあらいぐまラスカルは、森で母と暮らしていたところを、スターリングとセントバーナード犬に巣を掘り返され、巣から飛び出した母が猟師に撃ち殺されたことで、スターリングに飼われることになる。スターリングさえいなければ、ラスカルは母子仲良く森で暮らせのだが。


『あらいぐまラスカル』1話 撃たれた母にすがるラスカル

 私は、どうもこの主人公が好きになれないし、動物好きだとも思わない。

 なお、主人公の運命は物語は進むにつれて下降線をたどっていくことになる。母が亡くなり(14話)、ラスカルは檻に入れられ(28話)、父の事業が災害で打撃を受け(37話)、やがて父や友達と離れて暮らすことになる(49話)。身勝手で残酷な少年に対する因果応報の物語なのかもしれない。

『世界名作劇場』に出てくるお金の価値

 世界名作劇場を見ていると、お金をやりとりする場面で「これは現在の日本円に換算していくらなんだろう」と思うことがある。そこで、国立国会図書館リサーチ・ナビの「過去の貨幣価値を調べる(明治以降)」を参考に、当時のお金との換算レートをつくってみた。

 簡単にいうと、昔は物価が安いので「現在のA円」に相当する「過去のB円」がいくらかを物価指数により計算する。次に、「過去のB円」に相当する「過去のCドル」がいくらかを当時の為替レートにより換算する。これで、「過去のCドル」に相当する「現在のA円」がいくらかがわかるはずだ。

 細かいことは後述するが、各作品に登場したお金を現在の日本円に換算すると、このようになる。

フランダースの犬 パトラッシュの代金 3フラン 1400円
フランダースの犬 ジェハン爺さんの1か月の稼ぎ 2フラン 950円
フランダースの犬 画用紙 10サンチーム 48円
フランダースの犬 ルーベンスの絵の鑑賞代 1フラン 500円
フランダースの犬 絵画コンクールの賞金 200フラン 99000円
フランダースの犬 コゼツ旦那の落とした金 2000フラン 99万円
ペリーヌ物語 パリカール(ロバ)の代金 30フラン 15000円
ペリーヌ物語 パンを6枚厚く切って具を
たっぷり挟んだもの
40サンチーム 210円
ペリーヌ物語 3日前の固くなったパン 2サンチーム 10円
ペリーヌ物語 トロッコ押しの日給 60サンチーム 310円
ペリーヌ物語 共同部屋の1日当たり間借り賃 20サンチーム 100円
ペリーヌ物語 社長秘書の月給 90フラン 46000円
ナンとジョー先生 卵12個 25セント 670円
ナンとジョー先生 モーツァルトの楽譜 3ドル 8100円
小公女セーラ ダニエル少年からもらったお金 6ペンス 350円
小公女セーラ ぶどうパン1個 1ペンス 59円
小公女セーラ ミンチン女子学院への寄付 10万ポンド 14億円
赤毛のアン アラン牧師の年俸 750ドル 220万円
赤毛のアン 毛染め剤の価格 75セント 2200円
赤毛のアン 大学の奨学金1年分 250ドル 71万円
家なき子レミ レミの代金 20フラン 11000円
家なき子レミ ヴィタリス一座の1公演での稼ぎ 3.35フラン 1800円
家なき子レミ レミのパリでの1日の稼ぎ 23スー 610円
家なき子レミ レミの身代金 1万フラン 530万円
あらいぐまラスカル パイの早食い競争の賞金 5ドル 11000円
あらいぐまラスカル 大人用手袋 5ドル 11000円
私のあしながおじさん 入学準備金 50ドル 40000円
私のあしながおじさん 小説コンテスト入賞賞金 25ドル 20000円
名犬ラッシー 炭鉱作業員の週給 3.5ポンド 41000円

 物価指数というのは物価の変動を示す指標だが、日本銀行が1887年から調べている企業物価指数と、政府が1946年から調べている消費者物価指数がある。世界名作劇場は戦前を舞台を作品としている作品が多いので、より古い年代までわかる企業物価指数を用いている。

 さらに1887年より以前については米価が参考になるが、米価は短期間での変動が激しいものの、長期的にはあまり変動していないとみて、1887年以前は物価変動なしと取り扱った。


米価と物価指数の比較グラフ

 また、為替レートは日本銀行統計局のデータによるが、1874年までしかない。日本の通貨単位が“円”になったのは1871年なので、それ以上過去にさかのぼるのは難しく、調べたところで江戸時代にまともな為替レートが設定されているとも思えない。よって、この文章では1874年までの換算で打ち切っている。

 以上をふまえて、現在の日本円と過去の外国通貨を換算すると、次表のようになる。


現在の日本円と過去の外国通貨の換算表

『赤毛のアン』 アン・シャーリーの全盛期とは

赤毛のアン
1979年1月7日~12月30日放映(全50話)

 原作の小説は有名だが、内容を知らない人に向けて簡単に説明すると、感情の振幅が常人の三倍ある女の子アン・シャーリーがマシンガントーク(というかマシンガンスピーク)をしまくる作品である。アンとその他のキャラクターのセリフ量を比べてみたら、9:1ぐらいになっているのではないか。

 アニメでもアンの長広舌は健在である。特に気に入ってるのが、アンが悲しみに暮れながら最後に余計なことをいって台無しにしてしまうセリフで、聞くたびに笑ってしまう。(アン本人は大まじめだが)

「お昼なんかほしくないわ。何にも食べられないの。胸がはりさけそうなのよ。あたしをこんな目に会わせて、いつか心から後悔することがあると思うわ、マリラ。でも、あたし、許してあげるわ。その時が来たら、あたしが許したことを忘れないでね。でも、お願いだから、何か食べろなんて言わないでちょうだい。特に豚肉や野菜の煮物は困るわ。悩みを抱いている者に豚肉や野菜の煮物はあんまりロマンチックじゃなさすぎるんだもの。」(12話)

「ああ、マリラ。あたしは永久に浮かばれないわ。今度のことはいつまでたっても消えないわ。みんなにも知れるし――アヴォンリーじゃ何でも必ず人にわかるようにできているんですもの。ダイアナはあたしにケーキの出来具合を聞くにきまってるし、そうすればほんとうのことを言わないわけにはいかないでしょう。これから先いつまでも痛み止めの塗り薬をケーキの香料に使ったんだって指さされることになるわ。ああ、マリラ、少しでもクリスチャンらしい憐みが残っていたら、こんなことのあとで、食器を洗えなんてこと言わないでちょうだい。」(22話)

 アニメと小説でセリフはほとんど変わらないのだが、アニメになることでより笑えるようになっている。アンの表情がくるくる変わったり、セリフに間を取ったりするのはアニメならではである。アンがしゃべっている横で、マリラが「何いってんだコイツ」という顔でアンを見つめていたりするのもいい。


『赤毛のアン』18話 アン・シャーリー

 ところで、アンは村の学校を卒業するあたりからどんどん成長して容姿も性格も変わっていく。アンのこども時代を懐かしんで嘆くマリラに対し、アンはこんなふうに答える。

「マリラ、あたしはちっとも変わってないわ。ただ少し鋏を入れたり、枝をのばしただけなんだわ。ほんとうのあたしは、そのうしろにいて――今までとまったく同じなのよ。」

 そうはいうが、こういうのは自分では何を失ったのかわからないものだろう。衝動的で、好き嫌いが激しく、ロックで、たびたびうっとうしいアンは消えてしまい、「正しい」アンになってしまう。あれほど「この娘が大きくなったらどうなるんだろう」と思わせてくれたアンなのに。

 大きくなって精神的にも物質的にもすっかり満ち足りてしまったアンは、牙をなくしてしまった。それは、アン本人もマリラも望んでいたことだろう。しかし、正しくなっていくことは正しいのかということを考えさせられる。大人の階段とは、実は下りなんじゃなかろうか。

『家なき子レミ』に足りないのは家だけなのか

家なき子レミ
1996年9月1日~1997年3月23日放映(全26話)

 1900年ごろのフランス。10歳の少女レミは、養父に売り飛ばされるところを旅芸人のヴィタリスに助けられ、ともに旅することになる。

 『家なき子レミ』は世界名作劇場のなかで『名犬ラッシー』と並んで最も短い全26話構成となっている。本放送時には未放送話が3話あったので、実質的には最短といえるだろう。その短さが、このアニメをずいぶん大味にしてしまったように思う。

 世界名作劇場において欠かせない、食事をしたり、たわいもない雑談をしたり、花を愛でたり、空を眺めたりといった、些細な日常描写がほとんどないがために、登場人物には生活感がなく、どこか親しみづらい印象を受ける。

 シナリオにも腑に落ちない部分が多い。人間嫌いだという旅芸人のヴィタリスがたいした理由もなくほぼ初対面のレミを助けたり(2話)、ヴィタリスが逮捕されて悲壮な決意をして街を出たレミが、何も状況は変わっていないのに翌日に街に戻ってきたり(9話)、そのほかにも随所で疑問を感じるシナリオとなっている。

 最も腑に落ちないのは、レミがミリガン夫人に保護されたとき、なぜ誰もレミがミリガン夫人の誘拐された娘だと考えなかったのかという点である。

・レミは捨て子であり、実母を探している。
・ミリガン夫人の娘は幼いころに誘拐された。
・レミと誘拐されたミリガン夫人の娘は同じ年頃である。
・レミは高価そうな産着を着て捨てられていた。
・レミは実母からもらったペンダントを持っている。

 これだけ分かっていれば、名探偵コナンを呼ぶまでもなく「もしかして、レミはミリガン夫人の娘では」と考えるだろう。いや、何の証拠がなくても、ミリガン夫人の息子アーサーとそっくりなレミが姉弟と思わないのは、どうかしている。


『家なき子レミ』11話 アーサーとレミとミリガン

 いろいろと不満はあるが、総じて丁寧さに欠けており、話の進め方が性急で、レミが周囲に流されるままの主体性のない主人公になってしまったのが残念なところだ。レミの決め台詞は「前へ進め!」だが、だいたいベルトコンベアーに乗っている感じである。